江戸川乱歩賞の歴代受賞作おすすめ|ミステリ登竜門から生まれた名作を厳選

江戸川乱歩賞の歴代受賞作おすすめ
目次

はじめに

江戸川乱歩賞は日本ミステリ界最大の登竜門であり、東野圭吾・桐野夏生・池井戸潤といった人気作家がここからデビューしています。歴代受賞作を追えば、面白さの保証された長編ミステリに次々と出会えます。

ミステリを読みたいけれど、どの作家から手をつければいいかわからない。そんなときに頼りになるのが、江戸川乱歩賞の受賞作リストです。この賞は公募の新人賞でありながら、受賞作がそのまま長く読み継がれる名作になるという稀有な実績を持っています。しかも受賞をきっかけに第一線へ駆け上がった作家が数え切れないほどおり、「乱歩賞出身」というだけで一定の信頼が置ける状況が続いてきました。この記事では、乱歩賞という賞の成り立ちと特徴を整理したうえで、初めての方にも読みやすい歴代の名作を厳選してご紹介します。

江戸川乱歩賞とはどんな賞か

乱歩自身の寄付から生まれた新人賞

江戸川乱歩賞は、1954年に江戸川乱歩本人の寄付を基金として、日本探偵作家クラブ(現在の日本推理作家協会)によって制定されました。探偵小説を奨励することが目的で、第1回は1955年度に贈られています。当初の1回から2回までは評論や研究といった業績も対象でしたが、第3回以降は長編小説を公募して優秀作に贈るという、現在の形へと変わりました。日本のミステリ新人賞のなかでもっとも歴史が長く、その権威は今日まで揺らいでいません。

講談社が受賞後を支える仕組み

乱歩賞の大きな特徴のひとつが、受賞作が講談社から刊行され、その後も同社の強力なバックアップを受けながら作家が育てられていくという慣行です。第2作以降の発表の場が用意されるため、受賞者が一作かぎりで消えてしまうことが少なく、新人賞としての打率の高さにつながっています。1992年の第38回からはフジテレビが後援に加わり、受賞作がドラマ化・映画化される機会も増えました。副賞は長く1000万円でしたが、第68回からは500万円に改められています。

乱歩賞が「登竜門」と呼ばれる理由

受賞者の顔ぶれがそのまま現代ミステリ史

乱歩賞出身の作家を並べると、そのまま戦後の日本ミステリ史になります。西村京太郎、森村誠一、東野圭吾、桐野夏生、池井戸潤、高野和明、下村敦史──ジャンルも作風もばらばらですが、いずれも受賞後に多くの読者を獲得しました。かつて岡嶋二人が編集者から「直木賞を受けて消えた作家はいても、乱歩賞を受けて消えた作家はいない」と言われたという逸話が残るほど、受賞後の定着率が高い賞なのです。

「読ませる長編」であることが前提

乱歩賞は公募の長編小説を対象にしているため、受賞作にはまず何より最後まで読ませる推進力が求められます。トリックの精緻さや文章の巧みさだけでなく、物語として読者を離さないかどうかが厳しく問われるわけです。だからこそ、乱歩賞受賞作から選べば「途中で退屈して投げ出す」という事態に陥りにくい。ミステリ初心者にとって、これは非常に心強い指標になります。

おすすめの歴代受賞作①──史上初のW受賞作

藤原伊織『テロリストのパラソル』

歴代受賞作のなかでも特別な位置を占めるのが、第41回受賞作である『テロリストのパラソル』です。1995年に乱歩賞を受賞し、翌年には第114回直木賞も受賞。乱歩賞と直木賞のダブル受賞は史上初の快挙でした。新宿の公園で起きた爆弾テロに巻き込まれたアルコール依存のバーテンダーが、自らの過去と向き合いながら真相へ迫っていく物語で、選考でも満場一致で絶賛されたと伝えられています。

ハードボイルドの香り高い文体

本作の魅力は、事件の謎解きだけでなく、乾いた抒情をたたえた文体そのものにあります。主人公の孤独と苦い過去、七十年安保をめぐる記憶が、ハードボイルドの様式のなかで静かに響き合う。ミステリという枠を超えて、文学として読み返したくなる一冊です。乱歩賞受賞作を一作だけ読むとしたら、まずこれを挙げる読者は少なくありません。

おすすめの歴代受賞作②──デビュー作にして代表作

高野和明『13階段』

第47回受賞作の『13階段』は、デビュー作でありながら選考委員の満場一致で受賞し、40万部を売り上げた話題作です。死刑判決を受けた男の記憶喪失をめぐり、刑務官と仮出所した青年が執行までの限られた時間で無実を証明しようとする物語で、死刑制度という重いテーマを扱いながら、圧倒的なリーダビリティを保っています。社会派とエンターテインメントを両立させた乱歩賞らしい一作です。

東野圭吾『放課後』

いまや国民的作家となった東野圭吾のデビュー作も乱歩賞受賞作です。第31回を受賞した『放課後』は、女子高を舞台に教師が殺害される密室殺人を描いた本格ミステリで、後年のヒット作とは異なる、若い作家の端正なトリック志向が味わえます。東野作品を何冊か読んだ方が、原点を確かめる意味で手に取るのにも向いています。

おすすめの歴代受賞作③──人気作家の出発点

桐野夏生『顔に降りかかる雨』

第39回受賞作の『顔に降りかかる雨』は、女性探偵・村野ミロが友人の失踪と一億円の行方を追う物語で、桐野夏生のデビュー作にあたります。後の『OUT』や『グロテスク』で見せる人間の暗部への容赦ない視線は、すでにこの一作にも兆しています。ハードボイルドの女性主人公という当時としては新鮮な設定も、いま読んでも古びていません。

池井戸潤『果つる底なき』

『半沢直樹』シリーズで知られる池井戸潤のデビュー作、第44回受賞作の『果つる底なき』も乱歩賞から生まれました。銀行員が同僚の不審死をきっかけに組織の闇へ踏み込んでいく金融ミステリで、元銀行員という作者の経歴が細部にリアリティを与えています。企業を舞台にした池井戸作品の骨格が、すでにここで完成していることに驚かされるはずです。

落選作から生まれた名作という乱歩賞の裏面

島田荘司・綾辻行人・中井英夫

乱歩賞のもうひとつの面白さは、落選作のなかにも後世に残る傑作が眠っていることです。島田荘司の『占星術殺人事件』、綾辻行人の『十角館の殺人』、中井英夫が塔晶夫名義で応募した『虚無への供物』など、いずれも応募時には受賞に至らなかったにもかかわらず、日本ミステリ史に不動の地位を築いた作品です。ほかにも岡嶋二人や福井晴敏、法月綸太郎らが落選を経験しています。

受賞・落選の両方を追う楽しみ

これらの落選作の多くは刊行時に加筆・改稿されているため、選考の当否を単純に論じることはできません。それでも、受賞作リストと落選作リストの両方を眺めると、その時代のミステリがどこへ向かおうとしていたのかが見えてきます。受賞作から入って、気に入った時代の落選作へ広げていく読み方は、ミステリ好きにとって尽きせぬ楽しみになるでしょう。

近年の受賞作と賞のいま

開かれた賞への転換

第68回からは、江戸川乱歩ゆかりの豊島区とパートナーシップを結び、それまで非公開だった贈呈式が一般公開されるようになりました。応募のハードルが高いという先入観を取り払い、より開かれた賞にしたいという狙いがあると説明されています。同じタイミングで副賞は500万円に改められましたが、新人がデビューする場としての価値はいささかも変わっていません。

受賞作なしの年もある厳しさ

一方で、選考の厳しさを示す出来事もありました。2017年には46年ぶりに受賞作なしという決定が下されています。応募が集まれば必ず誰かが受賞するわけではないという姿勢が、乱歩賞の水準を支えてきたとも言えます。最新の受賞作や選考結果については、主催団体や講談社の公式発表で確認するのが確実です。

乱歩賞受賞作の選び方

好きな作家の原点から入る

すでに好きな現代作家がいるなら、その人の乱歩賞受賞作から入るのが一番の近道です。東野圭吾なら『放課後』、池井戸潤なら『果つる底なき』というように、いま親しんでいる作風がどこから始まったのかを確かめる読書は格別の面白さがあります。デビュー作ゆえの荒削りな熱量も、あわせて味わえます。

テーマや年代で選ぶ

社会派の重厚な物語を求めるなら『13階段』、ハードボイルドの余韻を味わいたいなら『テロリストのパラソル』、人間の暗部に踏み込みたいなら桐野作品というように、テーマから選ぶ方法もあります。また、1950年代から現在まで70年近い歴史があるため、気になる年代の受賞作をまとめて読むと、その時代の空気まで伝わってきます。

まとめ

江戸川乱歩賞は、1954年に乱歩自身の寄付を基金として生まれた、日本でもっとも歴史あるミステリ新人賞です。第3回以降は公募長編を対象とし、講談社の手厚い支援のもとで多くの作家を世に送り出してきました。東野圭吾『放課後』、桐野夏生『顔に降りかかる雨』、池井戸潤『果つる底なき』といったデビュー作が、いずれも現在の人気作家の原点になっている事実は、この賞の見識の確かさを物語っています。

まずは乱歩賞と直木賞を史上初めてダブル受賞した『テロリストのパラソル』か、満場一致で選ばれた『13階段』あたりから読み始めてみてください。落選作から生まれた名作まで視野を広げれば、ミステリの楽しみはさらに深まっていくはずです。

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この記事を書いた人

文芸Webマガジンあけぼのの編集部です。

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