三島由紀夫賞の受賞作おすすめ|「文学の前途を拓く」新鋭の名作を厳選

三島由紀夫賞の受賞作おすすめ
目次

はじめに

三島由紀夫賞は新潮社が「文学の前途を拓く新鋭の作品」に贈る文学賞で、受賞作を追えば、既存の枠に収まらない挑戦的な小説に次々と出会えます。

芥川賞や直木賞は知っていても、三島由紀夫賞となると受賞作をすぐに思い浮かべられる方は少ないかもしれません。しかしこの賞は、日本の現代文学のなかでもとりわけ尖った作品を選び続けてきたことで知られています。ときにミステリやエンターテインメント出身の作家が受賞し、ときに80歳のベテラン批評家が小説で受賞する。その予測のつかなさこそが、三島賞の面白さです。この記事では、賞の成り立ちと選考の特徴を整理したうえで、初めて三島賞受賞作に触れる方に向けて、読みごたえのある名作を厳選してご紹介します。

三島由紀夫賞とはどんな賞か

三島没後17年に創設された新潮社の賞

三島由紀夫賞は、作家・三島由紀夫の業績を記念し、新潮社の新潮文芸振興会が主催する文学賞です。三島の没後17年にあたる1987年9月1日に創設され、翌1988年から選考と授与が始まりました。新潮社はかつて新潮社文学賞や日本文学大賞を主催していましたが、それらに代わるものとして設けられたのがこの賞です。略称は「三島賞」で、選考会は毎年5月中旬頃に行われ、前年4月から当年3月までに発表された作品が対象となります。

三島由紀夫と新潮社の深い縁

三島は生前から新潮社と関わりが深く、『愛の渇き』や『潮騒』をはじめ、書き下ろしの小説を何冊も同社から刊行しています。晩年には『豊饒の海』四部作を雑誌『新潮』に連載し、没後は全集が新潮社から出され、小説と戯曲の多くが新潮文庫に収められました。その縁の深さを踏まえれば、新潮社が新しい才能を発掘する賞に三島の名を冠したのは自然な流れだったと言えます。

山本周五郎賞と対をなす二大文学賞

純文学と大衆文学の両輪

新潮社は、芥川賞・直木賞と同じように純文学とエンターテインメントの両方をカバーする賞を持つべく、三島由紀夫賞と山本周五郎賞を同時に打ち出しました。三島賞が新しい才能と実験精神を評価するのに対し、山本周五郎賞は物語の面白さを重視します。毎年5月に両賞が同時に発表されるため、文学界では春の恒例行事として注目を集めてきました。

副賞100万円と任期制の選考委員

受賞者には記念品と副賞100万円が贈られます。選考委員は4年ごとに入れ替わる任期制ですが再任も可能で、宮本輝のように20年にわたって選考を務めた作家もいます。歴代の選考委員には江藤淳、大江健三郎、筒井康隆、中上健次、石原慎太郎、小川洋子、川上弘美、川上未映子といった錚々たる顔ぶれが並び、その時々の文学観が選考に反映されてきました。

三島賞の特徴──ジャンルを問わない前衛性

小説以外も対象に含む

三島由紀夫賞の対象は、小説だけでなく評論、詩歌、戯曲まで含まれます。実際、1993年には福田和也の評論が受賞しており、幅広いジャンルを顕彰する姿勢が示されました。もっとも、過去の候補作・受賞作のほとんどは小説であり、実質的には新鋭の小説を評価する賞として機能しています。それでも、対象がジャンルで縛られていないことが、この賞の自由さを支えているのは間違いありません。

純文学の外側からも受賞者が出る

三島賞のもうひとつの特徴は、いわゆる純文学の枠外から出てきた作家が受賞する点です。ミステリ系のレーベルから登場した舞城王太郎、幻想的な語りで知られる古川日出男、演劇の世界から現れた岡田利規といった書き手が、この賞を受けています。一方で、矢作俊彦や蓮實重彦のような中堅・ベテランが受賞することもあり、「新鋭」という言葉が年齢ではなく作品の新しさを指していることがよくわかります。

おすすめの受賞作①──記念すべき第1回

高橋源一郎『優雅で感傷的な日本野球』

第1回の受賞作は、高橋源一郎の『優雅で感傷的な日本野球』でした。野球という題材を借りながら、物語の約束事そのものを解体していく実験的な作品で、記念すべき第1回にこの一作が選ばれたことは、三島賞がどこを向いた賞なのかを鮮明に示しています。読みやすい小説とは言えませんが、日本の現代文学が1980年代末にどこまで来ていたのかを体感できる作品です。

賞の性格を決定づけた選択

第1回の選考委員には江藤淳、大江健三郎、筒井康隆、中上健次、宮本輝が名を連ねていました。この顔ぶれが高橋源一郎を選んだという事実が、三島賞は既存の完成度ではなく可能性を見る賞なのだという方向性を決定づけたと言えるでしょう。なお高橋源一郎自身も、のちに三島賞の選考委員を務めています。

おすすめの受賞作②──ジャンル越境の衝撃

舞城王太郎『阿修羅ガール』

第16回受賞作の『阿修羅ガール』は、ミステリ系の新人賞から登場した作家が、口語の疾走感そのものを武器にして書いた青春小説です。女子高生の一人称が暴走しながら、いつのまにか読者を思いもよらない場所へ連れていく構成は、発表当時、純文学の側に大きな衝撃を与えました。三島賞が「文学の前途を拓く」という理念を本気で運用していることを示す象徴的な受賞です。

古川日出男『LOVE』

第19回を受賞した古川日出男の『LOVE』は、東京という都市を舞台に、複数の人物と一匹の猫の視線が交錯していく群像劇です。音楽的とも評される独特のリズムを持つ文体で、都市に生きる者たちの孤独と接続をすくい上げていきます。物語の骨格よりも文章の運動性そのものを味わいたい方に向いた一冊で、こちらも既存のジャンル区分を軽々と越えていく作品です。

おすすめの受賞作③──話題を呼んだ近年の受賞作

上田岳弘『私の恋人』

第28回の受賞作である『私の恋人』は、又吉直樹の『火花』と競り合ったことでも話題になりました。十万年におよぶ時間のスケールのなかで、三度の生を経た「私」が恋人を待ち続けるという壮大な構想を持ちながら、文章は驚くほど平明です。人類史規模の視野と個人の情動を同居させる手つきは、以後の上田作品にも一貫しています。

蓮實重彦『伯爵夫人』と宇佐見りん『かか』

第29回では、80歳の批評家・蓮實重彦が小説『伯爵夫人』で受賞し、その独特の受賞会見とともに大きな話題を集めました。対照的に、第33回では宇佐見りんの『かか』が史上最年少で受賞しています。母への愛憎を独自の話体で描いた本作は、翌年の『推し、燃ゆ』へとつながる出発点でもあり、いま最も入りやすい三島賞受賞作のひとつです。

芥川賞との違いをどう捉えるか

「新人賞」ではなく「新鋭の作品」に贈る賞

芥川賞が新人作家の短編・中編を対象とするのに対し、三島賞は「文学の前途を拓く新鋭の作品一篇」に贈られます。この「新鋭」が作家ではなく作品にかかっている点が重要で、だからこそベテランの実験的な作品にも受賞の道が開かれています。両賞の候補作リストは重なることも多いのですが、同じ作品への評価が分かれることも珍しくありません。

読み比べると文学の見取り図が見える

同じ年の芥川賞受賞作と三島賞受賞作を並べて読むと、いま日本文学のどこに評価軸が置かれているのかが立体的に見えてきます。手堅い完成度を評価する視線と、荒削りでも可能性を買う視線。その二つの違いを味わうこと自体が、現代文学を読む楽しみのひとつになるはずです。

三島賞受賞作の選び方

読みやすさで選ぶなら近年の受賞作

三島賞の受賞作には実験的で難解なものも含まれるため、初めて読むなら比較的近年の作品から入るのが無難です。宇佐見りん『かか』や上田岳弘『私の恋人』は、独特の文体を持ちながらも物語の輪郭がはっきりしており、通読しやすい部類に入ります。ここで感触をつかんでから、より前衛的な作品へ遡っていくのがおすすめの順路です。

好きなジャンルの越境作品から入る

普段ミステリやエンターテインメントを読んでいる方なら、舞城王太郎や古川日出男といったジャンル越境型の受賞作から入ると、違和感なく三島賞の世界に踏み込めます。逆に評論や批評に関心がある方は、小説以外の受賞作を追ってみるのも面白いでしょう。なお、最新の受賞作については新潮社の公式発表を確認するのが確実です。

まとめ

三島由紀夫賞は、1987年に新潮社が三島由紀夫の業績を記念して創設し、翌年から「文学の前途を拓く新鋭の作品一篇」に贈られてきた文学賞です。対象は小説・評論・詩歌・戯曲と幅広く、純文学の外側から現れた書き手やベテランの実験作にも門戸が開かれている点に、この賞の独自性があります。

第1回の高橋源一郎『優雅で感傷的な日本野球』から、舞城王太郎『阿修羅ガール』、古川日出男『LOVE』、上田岳弘『私の恋人』、そして史上最年少受賞となった宇佐見りん『かか』まで、受賞作のリストはそのまま現代日本文学の冒険の記録になっています。まずは読みやすい近年の一冊から手に取り、既存の枠に収まらない小説の面白さを味わってみてください。

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この記事を書いた人

文芸Webマガジンあけぼのの編集部です。

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