有島武郎『或る女』のあらすじを徹底解説|早月葉子の恋と破滅、モデルとなった女性まで

有島武郎『或る女』のあらすじを徹底解説|早月葉子の恋と破滅、モデルとなった女性まで
目次

はじめに

有島武郎『或る女』は、明治の社会の常識に縛られず、美貌と才気を武器に自由に生きようとした女性・早月葉子が、婚約者の待つアメリカへ向かう船上で妻子ある事務長・倉地と恋に落ち、やがて愛と嫉妬と病によって破滅していくまでを描いた長編小説で、日本近代文学における本格的なリアリズム小説の金字塔とされる作品です。

「或る女ってどんな話?」「有島武郎の代表作と言われるけれど、どんな内容なの?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。実在の女性をモデルにした本作は、発表当時は通俗的なモデル小説として低く見られることもありましたが、戦後になって、時代に抗う女性の内面を描き切った傑作として再評価されてきました。この記事では、『或る女』のあらすじを前編・後編の流れに沿って追いながら、登場人物とそのモデル、作品の背景、そして結末の意味までをわかりやすく解説します。

『或る女』の基本情報と作品背景

「或る女のグリンプス」から『或る女』へ

本作の前半は、1911年(明治44年)1月の『白樺』創刊とともに「或る女のグリンプス」という題で連載が始まり、1913年3月まで16回にわたって掲載されました。その後、有島は後半を書き下ろし、題を『或る女』と改めて、1919年(大正8年)に叢文閣から『有島武郎著作集』のうちの二巻として前編・後編に分けて刊行しました。構想から完成まで8年あまりをかけた、有島渾身の大作です。

モデルは佐々城信子

主人公・早月葉子のモデルは、明治時代に実在した佐々城信子という女性です。信子は若くして作家・国木田独歩と恋愛結婚しましたが、短期間で結婚生活は破綻しました。その後、アメリカにいる婚約者のもとへ向かう船上で、妻子ある事務長と恋に落ち、そのまま帰国して世間を騒がせました。有島は、信子の婚約者とされる人物と札幌農学校時代からの知り合いで、事件を身近に見聞きしていたと言われています。ただし、作品の結末は有島による創作で、実際の信子は長く穏やかな後半生を送りました。

主なモデル対照

作中の主な人物と、そのモデルとされる実在の人物は次のとおりです。

作中の人物 モデルとされる人物
早月葉子 佐々城信子
木部孤笻 国木田独歩
倉地三吉 武井勘三郎
古藤義一 有島武郎自身

『或る女』の主要登場人物

早月葉子──時代に抗う美貌の女性

主人公の早月葉子は、才気と美貌を兼ね備えた女性です。女権拡張運動に関わったキリスト教徒の母のもとに育ち、新しい時代の女性としての理想を抱く一方、自分の魅力を武器に男性社会を渡っていこうとします。その奔放さゆえに「妖婦」と噂され、世間からは白い目で見られています。

倉地三吉──野性的な事務長

倉地は、葉子が乗るアメリカ行きの船「絵島丸」の事務長です。妻子のある身でありながら、粗野で野性的な魅力によって葉子の心をとらえます。

木村貞一と古藤義一

木村は、シアトルで事業を営む葉子の婚約者で、葉子の悪評を知りながらも誠実に彼女を愛し続けるキリスト教徒です。古藤は木村の友人で、葉子に率直な忠告を続ける純朴な青年です。

妹たちと岡

愛子と貞世は葉子の妹で、葉子が倉地と暮らす家に引き取られます。岡は船上で葉子に心を奪われた裕福な青年で、のちに葉子を追って帰国してきます。

あらすじ①(前編):アメリカ行きの船上で

破綻した結婚と婚約

10代のころ、葉子は家族の反対を押し切って作家の木部孤笻と結婚しましたが、まもなく木部の俗っぽさに失望して家を出てしまいました。木部とのあいだにできた娘・定子のことは木部に隠し、乳母に預けています。母の死後、葉子は、母が生前に選んだアメリカ・シアトル在住の木村と結婚するため、娘と妹たちを日本に残して横浜から船に乗り込みます。それは愛のためというより、窮屈な日本からの逃避でした。

倉地との運命の恋

船の上で、葉子は世話役を頼まれていた上流婦人の田川夫人を出し抜き、たちまち船内の社交の中心となります。気弱な青年・岡は葉子に夢中になりますが、葉子の心をとらえたのは、事務長の倉地でした。粗野で傲慢ながら、圧倒的な生命力を持つ倉地に、葉子は抗いがたく惹かれ、二人は深い関係を結びます。

シアトルからの帰国

シアトルに着いた葉子は、迎えに来た木村に会ってすっかり失望してしまいます。そして病気を口実に上陸を拒み、そのまま同じ船で倉地とともに日本へ引き返すのでした。

あらすじ②(後編):倉地との生活と転落

世間の非難と隠れ家の生活

帰国した葉子は、妻子とは離縁したという倉地の言葉を信じ、二人だけの隠れ家で幸福な日々を送ります。しかし、田川夫人の策動によって二人の関係は新聞で報じられ、世間の激しい非難を浴びます。倉地は職を失い、葉子は親戚から縁を切られてしまいます。

木村からの送金と倉地の裏稼業

生活に困った葉子は、アメリカの木村に送金させ、そのお金を倉地との暮らしや自分の贅沢にあてます。木村は二人の関係に勘づきながらも、愛の言葉を書き連ねた手紙とともに送金を続けます。一方、倉地は船員時代の人脈を使い、海軍の機密を外国に売るという危険な裏稼業に手を染めていきます。葉子は衝撃を受けながらも、自分のためにそこまで身を落とした倉地に、むしろ愛を感じるのでした。

あらすじ③:嫉妬と病、そして破滅へ

妹たちへの嫉妬と猜疑心

やがて葉子の体は子宮の病に蝕まれ始めます。衰えていく自分の容姿にひきかえ、日ごとに美しくなる妹たちに、葉子は嫉妬と憎しみを抱くようになります。倉地がまだ妻子と別れていないのではないか、妹の愛子と関係を持っているのではないかと、病的な猜疑心にとらわれていきます。

孤独のなかの結末

末の妹の貞世が腸チフスで入院すると、葉子の錯乱は頂点に達し、看病の最中に貞世や倉地に暴力を振るうまでになります。やがて葉子自身も入院し、病の手術を受けますが、そのあいだに倉地は姿を消し、愛子や岡も見舞いに来なくなります。誰からも見放された葉子は、倉地への激しい執着を抱いたまま、手術後の激痛にもだえ苦しみます。「痛い痛い」と叫ぶ葉子の声が響くなかで、物語は幕を閉じます。

『或る女』の考察と読みどころ

「新しい女」の悲劇

葉子は、良妻賢母を理想とする明治社会の枠に収まることを拒み、自分の意志で恋をし、生き方を選ぼうとした女性です。しかし、女性が経済的に自立する道がほとんどなかった時代に、その自由は男性に依存することでしか実現できませんでした。葉子の破滅は、個人の性格の問題であると同時に、時代と社会の構造がもたらした悲劇としても読むことができます。

結末は「罰」なのか

本作の結末については、奔放な女性に対する作者からの「罰」ではないかという見方もあり、評価は今も分かれています。一方で、葉子の内面に深く寄り添い、その苦しみや孤独を丹念に描き切った筆致からは、有島が葉子を単純に断罪しているわけではないことも伝わってきます。戦後には、フェミニズム批評の対象としても注目されるようになりました。

有島武郎という作家

有島武郎は、白樺派の作家として、『カインの末裔』『生まれ出づる悩み』などを残しました。人道主義的な理想を掲げ、北海道の農場を小作人に無償で解放したことでも知られます。そうした誠実な理想主義者が、愛と欲望に翻弄される女性の姿をここまで生々しく描いたところに、『或る女』の深い魅力があります。

まとめ

『或る女』は、美貌と才気を持ちながら時代の枠に収まらなかった早月葉子が、船上での倉地との恋をきっかけに、世間の非難、嫉妬、病によって破滅していくまでを描いた有島武郎の長編小説です。佐々城信子という実在の女性をモデルにしながら、創作の結末によって、近代社会に生きる女性の自由と孤独を鋭く問いかけています。長編ですが、葉子の激しい感情の起伏に引き込まれ、一気に読み進められるはずです。日本近代文学の本格的な長編小説を味わいたい方に、ぜひおすすめしたい一冊です。

この作品をAmazonで読む

有島武郎『或る女』は、新潮文庫や岩波文庫などで読むことができます。新潮文庫版は前編・後編を一冊に収めているので、通して読みたい方におすすめです。巻末の解説で、モデルとなった事件や作品の評価史についても知ることができます。

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この記事を書いた人

文芸Webマガジンあけぼのの編集部です。

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