堀辰雄『風立ちぬ』のあらすじを徹底解説|「いざ生きめやも」の意味と節子との愛の結末まで

堀辰雄『風立ちぬ』のあらすじを徹底解説|「いざ生きめやも」の意味と節子との愛の結末まで
目次

はじめに

堀辰雄『風立ちぬ』は、結核に冒された婚約者・節子に付き添って高原のサナトリウムで暮らす「私」が、死の影のもとで二人に残された時間を「生」そのものとして慈しみ、彼女の死を越えて生き直そうとするまでを描いた中編小説で、日本の恋愛文学の最高峰のひとつとされる作品です。

「風立ちぬってジブリ映画と同じ話?」「いざ生きめやもってどういう意味?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。1938年(昭和13年)に刊行された本作は、作者自身の婚約者との体験をもとに、愛と死を透きとおった美しい文章で描き出しています。この記事では、『風立ちぬ』のあらすじを全5章の流れに沿って丁寧に追いながら、登場人物、作品が生まれた背景、そして有名な一節の意味や宮崎駿監督の映画との違いまでをわかりやすく解説します。

『風立ちぬ』の基本情報と作品背景

5つの章から成る中編小説

『風立ちぬ』は、「序曲」「春」「風立ちぬ」「冬」「死のかげの谷」の5つの章から成る中編小説です。各章は1936年(昭和11年)から1938年にかけて『改造』『文藝春秋』『新女苑』『新潮』などの雑誌に分けて発表され、1938年4月に野田書房から単行本として刊行されました。長い時間をかけて書き継がれた作品であり、その間の作者の心の変化も作品に刻まれています。

婚約者・矢野綾子との実体験

本作は、堀辰雄自身の体験をもとにしています。堀は1934年に矢野綾子と婚約しましたが、綾子は結核を患っていました。翌1935年、堀は綾子に付き添って長野県の富士見高原療養所に入りますが、綾子はその年の12月に亡くなります。堀自身も結核を抱えており、死を身近に感じながら過ごしたこの日々が、『風立ちぬ』の世界の土台となりました。

タイトルはヴァレリーの詩から

タイトルと作中の有名な一節「風立ちぬ、いざ生きめやも」は、フランスの詩人ポール・ヴァレリーの長詩「海辺の墓地」の一節「Le vent se lève, il faut tenter de vivre(風が立つ、生きようと試みなければならない)」を、堀が日本語に訳したものです。この訳については、後ほど考察で詳しく触れます。

『風立ちぬ』の主要登場人物

私──節子を見守る語り手

語り手の「私」は、小説を書くことを志す青年です。節子を深く愛し、病に冒された彼女に寄り添ってサナトリウムでともに暮らすことを選びます。死の影が迫るなかで、二人の時間の意味を問い続ける、思索的で繊細な人物です。

節子──病に冒された婚約者

節子は「私」の婚約者で、結核を患っています。控えめで穏やかな女性ですが、病の進行を自覚しながらも、「私」との日々を大切に生きようとします。ときに見せる気丈さや、ふとこぼれる弱音が、読む者の胸を打ちます。

節子の父

節子の父は、娘の病を案じながら「私」に娘を託す人物です。登場場面は多くありませんが、娘を思う父の静かな愛情が、物語に温かな奥行きを与えています。

あらすじ①:序曲と春──出会いと婚約

序曲:夏の高原での出会い

物語は、ある夏の高原から始まります。「私」は、白樺の木陰で絵を描く節子のそばで、草の上に寝そべって過ごしていました。そのとき、ふいに風が吹き、節子のイーゼルが倒れます。その瞬間、「私」の口をついて出たのが「風立ちぬ、いざ生きめやも」という詩句でした。夏が終わると、節子は迎えに来た父とともに高原を去り、二人はいったん別れることになります。

春:婚約と療養所行きの決意

それからしばらくの時が流れた春、節子は結核を患っていました。「私」は彼女と婚約し、高原のサナトリウムで療養することになった節子に付き添って、自分もそこで暮らすことを決めます。節子の父も、娘を「私」に託すことを受け入れます。死の予感を抱えながらも、二人の新しい生活が始まろうとしていました。

あらすじ②:風立ちぬ──サナトリウムの日々

八ヶ岳山麓のサナトリウム

四月、二人は八ヶ岳の麓にある高原のサナトリウムに入ります。到着してまもなく、「私」は院長から、節子の病状が院内でも重いほうであることを告げられます。それでも節子の前では明るくふるまい、二人は療養所の一室で、窓から山々を眺めながら穏やかな日々を過ごします。

「生の幸福」を見つめる日々

サナトリウムでは、ほかの患者の死が身近に起こります。それでも「私」は、死の影のもとにある二人の日々こそが、かけがえのない「生の幸福」なのだと考えるようになります。そして、この二人の生活を小説として書き残したいと、節子に打ち明けます。節子もそれを喜び、二人は残された時間を一日一日大切に生きていきます。

あらすじ③:冬と死のかげの谷──別れのあとで

冬:深まる病と別れの予感

冬が訪れると、節子の病状は少しずつ悪化していきます。「私」は二人の物語を書き進めながらも、その結末をどう描けばよいのか分からず苦しみます。節子は、ある日ふと家に帰りたいという思いをもらし、「私」は彼女の心の奥にある寂しさに触れて胸を痛めます。章の終わりには、節子の命がもう長くはないことが、静かに暗示されています。

死のかげの谷:ひとりの冬

最終章「死のかげの谷」は、節子の死から数年後の冬が舞台です。「私」はひとり、雪に閉ざされた山小屋で暮らしています。その谷は土地で「幸福の谷」と呼ばれていましたが、「私」にとってそこは、むしろ聖書の詩篇にある「死のかげの谷」のように感じられる場所でした。「私」はリルケの「レクイエム」を読みながら、亡き節子を思い続けます。

節子の愛に支えられて

やがて「私」は、節子が自分に何も求めず、ただ愛してくれていたことに気づきます。その愛に支えられて、自分はいま生きているのだ。雪の夜、小屋の外に出た「私」は、谷を渡る風の音を聞きながら、節子の死を受け入れ、もう一度生きていこうと静かに心を決めます。物語は、深い喪失のなかに、ほのかな再生の光を灯して幕を閉じます。

『風立ちぬ』の考察と読みどころ

「風立ちぬ、いざ生きめやも」の意味

「風立ちぬ」の「ぬ」は完了の助動詞で、「風が立った」という意味です。一方、「いざ生きめやも」の「めやも」は、古語では反語を表し、文法どおりに読めば「さあ生きようか、いや生きはしない」という意味になってしまいます。原詩の「生きようと試みなければならない」とは逆の意味になるため、堀の訳は誤訳ではないかという指摘もあります。しかし、この揺らぎこそが、生きようとする意志と死の予感とのあいだで揺れる作品世界にふさわしい、という見方もあり、今も多くの読者を惹きつけています。

死を前にした「生」の輝き

本作の核心は、死が避けられないからこそ、今この瞬間の生がいっそう輝いて見える、という逆説にあります。サナトリウムでの何気ない日々、窓から見える山の景色、節子の寝顔といったささやかなものが、限りなく美しく描かれています。死を描きながら、本作はむしろ「生きること」の尊さを語る物語なのです。

宮崎駿監督の映画との違い

2013年に公開された宮崎駿監督のアニメーション映画『風立ちぬ』は、零戦の設計者・堀越二郎の生涯に、堀辰雄の『風立ちぬ』の要素を組み合わせた作品です。ヒロインの名前は「菜穂子」で、これは堀辰雄の別の小説『菜穂子』に由来します。高原での出会いや療養所の描写など、原作小説の雰囲気が随所に生かされているので、映画を観た方が原作を読むと、新たな発見があるはずです。

まとめ

『風立ちぬ』は、結核の婚約者・節子に寄り添ってサナトリウムで暮らした「私」が、死の影のなかで二人の時間を慈しみ、彼女の死を越えて生き直そうとするまでを描いた堀辰雄の代表作です。作者自身の痛切な体験をもとに、愛と死、そして生の意味を、透きとおるような美しい文章で描き出しています。「風立ちぬ、いざ生きめやも」という一節とともに、大切な人と過ごす時間のかけがえのなさを教えてくれる一冊です。ジブリ映画で作品を知った方にも、ぜひ原作を手に取っていただきたいと思います。

この作品をAmazonで読む

堀辰雄『風立ちぬ』は、新潮文庫『風立ちぬ・美しい村』や角川文庫、集英社文庫などで手軽に読むことができます。同じく高原を舞台にした『美しい村』と併録された文庫を選ぶと、堀辰雄の作品世界をより深く味わえるのでおすすめです。

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この記事を書いた人

文芸Webマガジンあけぼのの編集部です。

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